肥満と痩せ

◎過食と運動不足に注意
 一般的に、人間の体重の60%は水分で、その他に固形物が22%、脂肪が18%存在するとされています。
 体内の脂肪が18%を超え、体重が標準体重の20%以上増えている場合、西洋医学では「肥満症」と診断します。
 標準体重は、男性は「身長cmー110cm」、女性は「身長cm−105cm」で算出しますから、たとえば身長160cmの女性で体重が66kg以上あるような場合は肥満症ということになります。
 肥満症の多くは過食と運動不足が原因で(消費カロリーより摂取カロリーの方が多い)、放置すると糖尿病や高血圧、心臓病、肝臓病、痛風などのさまざまな成人病の誘因となります。
 当然、肥満度が高いほど死亡率も高く、中度肥満で普通の人の2倍、重度肥満で3倍の死亡率となっています。

◆肥満症に用いる主な処方◆

  証     目安となる症状                   処方名
 実証     血色がよくて太鼓腹、便秘やのぼせ       防風通聖散
 実証     みぞおちのつかえ・胸脇苦満           大柴胡湯
 実証     固太りで、精神的に興奮しやすい・のぼせ   桃核承気湯・通導散
 実証     便秘・腹部膨満が強く、精神病を伴う      大承気湯・大黄牡丹皮湯
 虚証     色白で水太り。多汗や下肢のむくみ       防已黄耆湯・九味檳榔湯

◎減食療法に漢方薬を併用する
 このため、最近では肥満そのものを「病気」ととらえ、治療の対象としています。この場合、西洋医学でも漢方医学でも、肥満治療では減食療法が主体になります。
 西洋医学の肥満治療薬は、減食療法の補助的な役割を果たす程度ですが、漢方薬の場合は、減食療法に併用することで肥満に伴うさまざまな症状を改善したり、体調を維持していろいろな病気を予防する効果が得られます。
 肥満に使う代表的な漢方薬は、「食毒」の薬である防風通聖散で、血色が良く太鼓腹・便秘・のぼせを伴う人などに用います。同様の「実証」タイプで、みぞおちのつかえや胸脇苦満が強ければ大柴胡湯なども使います。
 また、固太りタイプで、精神的に興奮しやすいような人には桃核承気湯、色白で水太りした「「虚証」タイプの人で、多汗や下肢のむくみなどがある場合は防已黄耆湯を用います。

◎胃腸虚弱には人参配合処方
 一方、体に特別な異常や病気がないのに、体質的にやせ型で、元気がないという人も少なくありません。
 一般的に、やせ型タイプの人は神経質で胃腸の働きが弱いだけでなく、体力がなくて、病気に対する抵抗力も弱い傾向があります。
 漢方は、こうしたタイプの治療も得意としています。適切な処方を用いれば、胃腸の働きを強化して食欲を増進させ、体の抵抗力も高めます。
 胃腸が弱く、食欲不振などがある場合は四君子湯や六君子湯、疲れやすく全身倦怠感などを伴う場合は補中益気湯などを用います。
 また胃腸虚弱に加えて、皮膚の乾燥傾向・顔色不良などの「血」の不足傾向が見られる場合は十全大補湯などを用います。

◆痩せに用いる主な処方◆

  証      目安となる症状                    処方名
 虚証      胃腸虚弱で、食欲不振、胃部の振水音       四君子湯・六君子湯
 虚証      四肢の冷え、下痢・軟便                人参湯・真武湯・啓脾湯
 虚証      皮膚乾燥、血色不良、貧血、四肢の冷え      四物湯
 虚証      皮膚の乾燥傾向、顔色不良、神経性食欲不振  十全大補湯・帰脾湯
 虚証      胃腸虚弱、全身倦怠感、疲れやすい        補中益気湯・清暑益気湯


高血圧・低血圧

◎血圧が病的に上昇する
 血圧の高低は、動脈壁にかかる血液の圧力が、水銀血圧計の水銀柱を何ミリメートル押し上げる力があるかを測れば判ります。その圧力は、「ミリメートル水銀柱=mm/Hg」と表され、血圧の高低を示す単位となっています。
 通常は、心臓が収縮した時に血圧が最も上昇します。この時の血圧を「収縮期血圧(最大血圧)」と呼びます。反対に、心臓が拡張した時には血圧が最も下がります。この時の血圧は「拡張期血圧(最小血圧)」と呼びます。
 健康な成人なら、最大血圧は140mm/Hg以下、最小血圧は90mm/Hg以下とされていますが、なかには何らかの異常が発生して血圧が病的に上昇し、元に戻らなくなることがあります。
 最大血圧が160mm/Hg以上で、最小血圧が95mm/Hg以上の状態を慢性的に示す場合は、「高血圧」と診断されます。また、正常血圧と高血圧の中間状態にある場合は、「境界域高血圧」は、漢方でいう「未病」(半病状態)ともいえます。

血圧の変動要因
@心拍出量(心臓が送る量)
A血管抵抗(末梢血管)
B血液の粘稠度
C血管の弾力性
D体内血液量(大量出血)
Eその他(神経系など)


◎原因不明の高血圧が多い
 高血圧は、腎臓病などの何らかの身体病の影響で発生することもありますが、大半は原因がはっきりしません。
 このような原因不明の高血圧は「本態性高血圧」と呼ばれます。日本人の場合、高血圧の90%以上が「本態性高血圧」とされています。
 また何らかの病気の影響でおこった高血圧は、「二次性高血圧(続発性高血圧)」と呼ばれます。
 高血圧症になると、しばしばイライラ・耳鳴り・手足のしびれ・動悸・息切れ・顔や手足のむくみ・不眠・多汗などの症状を訴えます。しかし、ほとんど自覚症状がなく、本人が気づかないケースも珍しくありません。
 また高血圧を放置すると、血管が徐々に侵されて心臓発作や脳卒中などの危険な合併症をひきおこします。
 そのため、高血圧の治療では、何よりもまず血圧を素早く強力に下げることが優先されます。特に、中等症や重症の高血圧なら、強力に血圧を下げる西洋薬の降圧剤が欠かせません。

高血圧の種類
本態性高血圧・・・原因不明の高血圧。 高血圧の大部分がこのタイプ
二次性高血圧(続発性高血圧)・・・なんらかの器質的原因(身体的異常)による高血圧
若年性高血圧・・・30〜40才以下の人の高血圧。本態性、二次性のものなどがある
老人性高血圧・・・60才以上で発症する高血圧。多くは老化による
悪性高血圧・・・・・血圧が急激に上昇し、血管障害も急激に進行する危険な高血圧


◎漢方薬は徐々に血圧を安定化
 漢方薬には、血圧を素早く強力に下げる処方がありません。しかし、漢方薬は高血圧に伴うさまざまな症状を強力に改善し、患者さんの心身の状態を良好にする効果を持っています。
 従って、中等症や重症の高血圧の場合は、西洋薬の降圧剤に漢方薬を併用する形になります。
 高血圧で多用される漢方薬は、比較的体力があって胃腸も丈夫な「実証」タイプには、精神不安があって、のぼせ症で便秘があれば三黄瀉心湯、肩こり・耳鳴りなどがあってみぞおちが硬く便秘するものには大柴胡湯などを用います。
 体力がふつうなら(中間証)、不安感があってのぼせや胃のつかえがあれば黄連解毒湯、また体力がなくて胃腸が弱い「虚証」タイプには、冷え性・貧血傾向などがあって排尿回数の増加と尿量の減少があれば七物降下湯などを用います。
 なお「境界型高血圧」では、まだ降圧剤を用いず、主治医の指導を受けながら食事療法(減塩・体重管理など)を行うことが少なくありません。
 この場合も、前述の漢方薬の併用をお勧めします。漢方薬を上手に服用すれば、本格的な高血圧になるのを防ぐ効果も期待できます。

◆低血圧症に用いる主な処方◆

  証        目安となる症状                    処方名
 虚証        貧血気味で、疲れやすく、食欲不振        補中益気湯
 虚証        冷え症・貧血で、排尿回数が多く、尿量減少   当帰芍薬散
 虚証        頭痛・のぼせ・立ちくらみ・尿量減少        苓桂朮甘湯・半夏白朮天麻湯
 虚証        頭が重く、神経質                   半夏厚朴湯・呉茱萸湯


◆高血圧に用いる主な処方チャート◆

主要症状・・・頭痛・頭重・めまい・肩こり・のぼせ・動悸・イライラ・便秘・胃のつかえなど

あなたの体力は?・・・ない 胃腸も弱い(虚証)・・・あなたの症状は?・・・老人で夜間排尿回数が多く、喉が渇く・・・八味地黄丸
                                            冷え症・貧血・排尿回数多く、尿量減少・・・七物降下湯

あなたの体力は?・・・ふつう(中間証)・・・あなたの症状は?・・・不安感・のぼせ・胃のつかえ・・・黄連解毒湯
                                       朝方の頭痛・頭重・耳鳴り・のぼせ・・・釣藤散

あなたの体力は?・・・比較的ある 胃腸も丈夫(実証)・・・あなたの症状は?・・・肥満体で、便秘する・・・防風通聖散 桃核承気湯
                                              ・・・神経症状が目立ち、動悸・不眠・便秘・・・柴胡加竜骨牡蠣湯
                                              ・・・肩こり・耳鳴り・みぞおち硬く便秘する・・・大柴胡湯・続命湯
                                              ・・・精神不安・のぼせ症・胃のつかえと便秘・・・三黄瀉心湯・大承気湯


◎起立性低血圧は虚証のサイン
 一方、低血圧の場合は、高血圧とは反対に「虚証」や「陰証」傾向の人に多く見られます。
 低血圧も、ほとんどの場合原因が不明ですが、高血圧のように心臓発作や脳卒中などの合併症をおこす危険性はありません。
 ですから、たとえ低血圧でも毎日の生活に支障がなければ特に治療する必要はありません。
 しかし、寝起きが悪い・めまい・頭痛・手足の冷え・肩こりなどの症状が強いような時は、漢方薬での治療をお勧めします。
 貧血気味で食欲不振ならば補中益気湯、冷え性・貧血で排尿回数が多く、尿量現象なら当期芍薬散、頭が重く、神経質なら半夏厚朴湯などを用います。



糖尿病
◎血中のブドウ糖値が高くなる
 人間は、食物から摂取したブドウ糖を筋肉細胞の中に取り込んで運動のエネルギー源にしています。
 通常、ブドウ糖は血液にとけて血糖という形で全身に運ばれていますが、これを筋肉細胞が利用するためには、膵臓から分泌されるインスリンというホルモンの働きが欠かせません。
 ところが、膵臓の障害でインスリンが分泌されなくなったり、たとえ分泌されても作用が低下することがあります。こうした状態になると、血液中のブドウ糖を適切に利用できなくなり、血液中のブドウ糖の量が異常に増えてしまいます。
 これを放置しておくと、余分なブドウ糖が尿とともに排出されるようになります。(尿糖)。その結果、全身の新陳代謝が異常な状態になり、さまざまな障害が発生します。
 こうした病的状態を「糖尿病的代謝状態」といい、この状態が認められれば正式に「糖尿病」とみなされます。

◎危険な合併症に注意
 高血糖の状態を放置しておくと、徐々に全身の血管が損傷されてゆき、動脈硬化も促進されます。
 そのため、眼球網膜の血管が出血し(糖尿病性網膜症)、最悪の場合失明します。
 腎臓の毛細血管も障害され、腎障害がおこって最後には人工透析が必要になります(糖尿病性腎障害)。
 また、神経細胞がおかされたり、血行障害がおこることも多く、手足のしびれや神経痛などの障害が現れます(糖尿病性神経障害)。
 そのほか、心臓や脳の血管も障害されやすくなり、心臓病や脳卒中がおこりやすくなります。
 糖尿病を放置すると、糖尿病そのものの障害に加えて、こうしたさまざまな合併症の危険性が高くなるため十分な注意が必要です。

◎血糖値を下げることが先決
 糖尿病の合併症を防ぐためには、何よりも血液中のブドウ糖の量を正常状態に近づけること、つまり血糖値を下げることが欠かせません。
 この場合、膵臓からインスリンがほとんど分泌されなくなっている人は、インスリンを毎日注射して外部から補給しなければなりません。このようなケースは、「インスリン依存型糖尿病(T型糖尿病)」と呼ばれます。
 また、インスリンは一応分泌されていても、インスリンの作用が低下しているような時は、食事療法(カロリー制限⇒ブドウ糖の消費促進)を続ける必要があります。
 このようなケースは、「インスリン非依存型糖尿病(U型糖尿病)と呼ばれます。糖尿病の多くは、このタイプです。

◎「消渇病」は糖尿病
 漢方薬には、血糖を確実に下げる処方がありません。従って、糖尿病の治療は西洋医学の治療、つまり毎日のインスリン注射か、食事療法・運動療法が基本になります。漢方薬は、こうした治療に併用する形で用います。
 漢方薬は、糖尿病で見られるいろいろな症状-「口渇・多尿・気力減退・倦怠感」などを改善する効果があります。

また、体調を改善して合併症などを予防する効果も期待できます。西洋薬に効果的な薬がない糖尿病性神経障害にも効果を示します。

大昔の中国医学の原典には、糖尿病と合致するような病気は記載されていません。しかし、「(のどが渇いて)水を一斗も飲み、一斗の小便をする」「消渇病」という病気のことが記載されています。
 「消渇病」は、糖尿病の症状とよく似ており、ここには糖尿病が含まれているものと推測されます。
 「消渇病」の症状には、八味地黄丸がよいと記載されているため、以前から糖尿病には八味地黄丸が多用されてきました。
 ちなみに、八味地黄丸は、胃腸が丈夫で、下半身の脱力感があり、排尿回数が多く、尿量も増えて喉が渇き、疲労倦怠感・腰痛・腰の冷えがあって性欲減退するような場合に用います。

◎漢方薬で血流を改善する
 糖尿病の大半を占めるインスリン非依存型糖尿病(は、肥満が発症誘因のひとつとなります。
 そのため、肥満があれば、食事療法・運動療法などとともに、肥満に用いる防風通聖散や大柴胡湯などを併用するものよいでしょう。
 また、糖尿病では血管が障害されて血行が悪化しますが、これを漢方的にみると「血」が停滞する「お血」状態といえます。そのため、「お血」を改善する桂枝茯苓丸や柴苓湯などの「駆お血剤」を用いることもあります。特に柴苓湯は、糖尿病性腎障害の治療によく併用されます。
 そのほか、糖尿病性神経障害がある人で、体力が低下し、下半身の脱力感や冷え、排尿障害などが目立つような場合は牛車腎気丸などを用います。


◆糖尿病に用いる主な処方◆

証           目安となる症状                  処方名

実証      肥満体で、便秘する                 防風通聖散
実証      口渇・多汗・皮膚のカユミ・不眠・尿量増     白虎加人参湯
実証      胸脇苦満感・便秘・排尿回数多く、尿量減少  大柴胡湯

中間証    口渇・口のねばり・食欲不振・吐き気・下痢    柴苓湯・五苓散
中間証    のぼせ・めまい・頭痛・肩こり・足の冷え      桂枝茯苓丸

虚証     胃腸丈夫・排尿回数多く、尿量増・口渇      八味地黄丸  
虚証     体力低下・下半身の脱力感・冷え・排尿障害   清心蓮子飲・牛車腎気丸
虚証     口のねばり・口渇・疲労感・多汗・食欲不振    柴胡桂枝乾姜湯




かぜ症候群
◎インフルエンザは進行が速い
 かぜは、のどや気管支などの呼吸器の炎症や症状が主体になりますが、発熱や倦怠感その他の全身的な症状や反応も見られるため、一種の全身性の病気ともいえます。
 かぜは急性病で進みが速いため、治療する場合は、「かぜのひき始め」なのか、「かぜをひいてから2〜3日たった状態」なのか、「もっとこじらせてしまっている」のか、といったかぜの病期(かぜにかかってからの経過状態)をまず正しく把握することが大切です。
 また、普通のかぜ(感冒)とインフルエンザ(流感)では、病気が進行する速さが違います。
 インフルエンザは病気の進行が非常に速く、インフルエンザ・ウイルスに朝方感染したとすると、夕方には発熱するよいうように、大体5時間ほどで感染・発病してしまいます。
 一方、普通感冒の場合は、感染してから熱が出るまでに2〜3日かかります。なかには進行が早い場合もありますが、症状がはっきり出るまでに1日半くらいはかかります。
 インフルエンザより進行速度が遅いため、はっきりした症状が出る前に適切な処置をすれば、かぜが本格化するのを抑えることができます。

◎漢方薬が優れた効果を発揮する
 かぜは、大部分がウイルスの感染で起こります。
 しかしながら、西洋薬にはウイルスを効果的に退治する薬がまだありません(抗生物質は細菌の増殖を抑える作用があるが、ウイルスにはほとんど効果がない)。
 市販されている西洋薬の「かぜ薬」も、その多くは解熱剤や抗生物質などが配合されたもので、症状を軽減したり、それ以上悪化するのを防ぐことが主眼となります。
 こうした薬を対症療法といいますが、対症療法には、病気を根本から叩いて追い出したり抑え込むような作用はありません。
 これに対して漢方薬は、症状を抑えるだけでなく、体の抵抗力を高めて、かぜを根本から抑え込みます。

 かぜは、漢方薬が特異とする病気のひとつで、よく知られた葛根湯だけでなく真武湯・麻黄湯・桂枝湯その他さまざまな処方が患者の状態に合わせて用いられています。
 ただし、子どもなどで特に高熱が出た時や、高熱に伴う熱性けいれんの恐れがある時、糖尿病や癌などの重い病気をほかに持っている場合などは、漢方薬だけでは危険です。

◎漢方薬と解熱剤の併用は避ける
 通常、かぜのひき始めで、体力があるか体力がふつうの人には、悪寒・発熱があって肩や首筋がこって汗が出なければ葛根湯、関節痛・筋肉痛があって汗が出なければ麻黄湯、咳・鼻水・うすい痰があれば小青竜湯などを用います。
 また、体力がない人には、悪寒がして気分がすぐれず、無気力で微熱などがあれば麻黄附子細辛湯を用います。
 かぜをひいてから数日経過している時は、体力がふつうで悪心・嘔吐・熱の変動などがあれば柴胡桂枝湯、体力がなくて腹痛・下痢を伴い、フラフラするようなら真武湯などを用います。
 かぜが長引いている時は、悪心・嘔吐・微熱症状が続けば参蘇飲、食欲はあるが咳込むようなら麦門湯などを用います。
 なお、漢方薬では、「発熱は体が病気に抵抗している反応」ととらえ、発熱を特に抑えません。
 むしろ、熱の出方が弱い時は発熱を促す処方を用い、その後で熱を下げる処方を用います。
 そのため、西洋医学でよく使われている解熱剤を漢方薬と併用すると漢方薬の効果を打ち消してしまう恐れがあります。かぜの初期などに漢方薬を用いる場合は、解熱剤との併用を避けて下さい。


◆かぜ症候群に用いる主な処方チャート◆

主要症状
くしゃみ・鼻みず・鼻づまり・喉の痛み・悪寒・発熱・咳など

かぜをひいてどのくらい経ちますか?… かぜのひき始め…あなたの体力は?…体力がない(虚証)…あなたの症状は?…悪寒・微熱・無気力・冷える…麻黄附子細辛湯
かぜをひいてどのくらい経ちますか?… かぜのひき始め…あなたの体力は?…体力がない(虚証)…あなたの症状は?…自然発汗する…桂枝湯
かぜをひいてどのくらい経ちますか?… かぜのひき始め…あなたの体力は?…体力がない(虚証)…あなたの症状は?…気分がすぐれない・だるい…香蘇散
かぜをひいてどのくらい経ちますか?… かぜのひき始め…あなたの体力は?…体力がある(実証)…あなたの症状は?…頸や肩の痛み・悪寒…川きゅう茶調散
かぜをひいてどのくらい経ちますか?… かぜのひき始め…あなたの体力は?…体力がある(実証)…あなたの症状は?…咳・鼻水・うすい痰…小青竜湯
かぜをひいてどのくらい経ちますか?… かぜのひき始め…あなたの体力は?…体力がある(実証)…あなたの症状は?…関節痛・筋肉痛・汗が出ない…麻黄湯
かぜをひいてどのくらい経ちますか?… かぜのひき始め…あなたの体力は?…体力がある(実証)…あなたの症状は?…悪寒・発熱・肩や首筋がこる・汗が出ない…葛根湯・升麻葛根湯

かぜをひいてどのくらい経ちますか?…数日経過している…体力がない(虚証)…あなたの症状は?…腹痛・下痢・フラフラする…真武湯
かぜをひいてどのくらい経ちますか?…数日経過している…体力がない(虚証)…あなたの症状は?…強い寒気・顔色青白・口渇…柴胡桂枝乾姜湯

かぜをひいてどのくらい経ちますか?…数日経過している…体力ふつう(中間証)…あなたの症状は?…悪心・嘔吐・熱が上下する…柴胡桂枝湯
かぜをひいてどのくらい経ちますか?…数日経過している…体力ふつう(中間証)…あなたの症状は?…口が苦い・みぞおち辺りの苦満感・熱が上下する…小柴胡湯

かぜをひいてどのくらい経ちますか?…長引いている…体力がない(虚証)…あなたの症状は?…悪心・嘔吐・微熱症状が続く…参蘇飲・神秘湯
かぜをひいてどのくらい経ちますか?…長引いている…体力がない(虚証)…あなたの症状は?…食欲はあるが咳込む…麦門冬湯・竹茹温胆湯





3▼精神的な症状と異常

心身症
◎心理的ストレスが身体に影響
 仕事上のストレスで胃潰瘍になったり、糖尿病が悪化したりするケースは日常よく見られます。また、人間関係のトラブルで血圧が上昇したり、心筋梗塞などの心臓発作がおこることもまれではありません。
 このように、何らかの精神的・心理的要因が、さまざまな身体病の発症や悪化に強く関係しているケースを特に「心身症」と呼んでいます(マスコミなどでは「ストレス病」とも呼ぶ。
 したがって、「心身症」というのは、ひとつの特殊な病気ではなく、さまざまな身体病の中で特に心理的な影響が強いケースを総称したものです。
 「心身症」と似ているものに「神経症」があります。どちらも心理的な要因によっておこりますが、「神経症」の場合は精神症状が主体となります。
 ですから、「心身症」というのは、各種の身体病と「神経症」の中間に位置するものということもできます。
 ちなみに、日本心身医学会では、心身症を「体の症状を主とするが、その診断や治療には、心理面への配慮が必要とされる病態」と定義しています。
 この定義に該当するケースは広い範囲にわたり、循環器系(本態性高血圧など)や消化器系(胃潰瘍・過敏性大腸など)、呼吸器系(気管支喘息など)その他さまざまな病気の中に、「心身症」と呼べるケースがかなりあります(外来患者の90%がストレスが要因といわれる)。

心身症がみられる主な疾患
*下記の疾患に心身症的な要素が強いケースが含まれていることが多い。

科目            病名
循環器系  本態性高血圧症・不整脈・狭心症など
消化器系  消化性潰瘍・慢性胃炎・過敏性腸症候群など
呼吸器系  気管支喘息・過呼吸症候群など
内分泌・代謝系 甲状腺機能亢進症・糖尿病など
神経系   偏頭痛・自律神経失調症など
泌尿・生殖器系  インポテンツ・更年期障害・月経異常など
皮膚科領域  アトピー性皮膚炎・湿疹・円形脱毛症など
骨・筋肉系  慢性関節リウマチ・振せん・書痙など


◎漢方では「心身一如」として治療
 西洋医学の「心身症」という考え方が定着したのは比較的最近ですが、漢方では「心身一如」の言葉があるように、昔から精神と体が切り離せない関係にあることを見抜いていました。病気の原因として「外因」や「不内外因(不養生・事故など)」とともに「内因」、つまり感情や情緒その他の精神的要素を重視したのです。
 「心身症」を治療する場合、、西洋医学では効果的な薬があまりなく、多くの場合、通常の身体病の薬に抗不安薬(精神安定剤の一種)などを併用する程度にとどまります。
 逆に、漢方ではもともと精神的要因を重視しており、「心身症」的な病気に有効な処方が少なくありません。
 特に、「気」を調整・強化する各種の「気剤」は種々の「心身症」に効果的で多用されています。(具体的な使い方については、胃潰瘍・過敏性大陽その他の個々の病気の項目に掲載)。


神経症
◎精神症状が前面に出る
 神経症(ノイローゼ)は、心理的な要因で種々の精神症状や身体症状が現れるもので、同じように心理的因子が原因となる「心身症」よりも精神症状が前面に出てきます。
 神経症の精神症状はさまざまな不安症状が中心となりますが、症状の現れ方などで不安神経症・強迫神経症・抑うつ神経症・神経衰弱・ヒステリー・離人神経症などに分類されます。
 いずれの場合も、患者さんが自分の病的な精神状態を過剰に自覚して苦しみます。こうした点は、自分の異常性への自覚が希薄な本格的精神病(精神分裂病など)と根本的に違います。
 また、本格的な精神病では、幻覚や妄想、人格の著しい変容などが認められますが、神経症の場合は、そうした極端な精神異常はおこりません。

神経症の主なタイプ

主なタイプ      特徴
不安神経症   明白な身体病変や心理的根拠を伴わない不安症状が主体。
恐怖症      広場恐怖や閉所恐怖、対人恐怖などの特定対象への恐怖感が主体。
強迫神経症   意識の中から排除できない強迫観念と、それに伴う不適応症状がみられる。
抑うつ神経症  不安や恐怖などの他の神経症症状を伴った比較的軽度の抑うつ症状が主体。
心気神経症   心身の細かい不調に病的にこだわることが多い。

◎「気」の異常を是正する
 漢方では、ヒステリーを含む各種の神経症を、「気」の流れが停滞しておこると考えます。「気」が停滞した状態は「気滞証」と呼ばれますが、、漢方では「心と体は表裏一体」とみなしており、「気滞証」でも精神症状だけでなく身体症状も現れます。
「気滞証」の精神症状では、「憂うつ感・不安感・不眠・さまざまな不定愁訴」などが、身体症状としては「のどの違和感・うっ血・むくみ・動悸・息切れ・喘鳴・足の冷え・頭痛」などが見られます。

◎竜骨牡蠣が入った処方を多用
 比較的体力がある場合は、胸元が苦しく、便秘し、動悸・不眠などがあるが衰弱していなければ柴胡加竜骨牡蠣湯、のぼせ症で胃部がつかえ、目の充血や鼻血などがあれば黄連解毒湯(重度の便秘があれば三黄瀉心湯)などを用います。
 体力がふつうで、不定愁訴が目立ち、イライラや不安感などがあれば加味逍遙散を用います。
 また、気うつ感が強く、頭痛・不眠・食欲不振などを伴えば香蘇散、頭痛・不眠・動悸・尿量減少・起立時のふらつきなどがあれば苓桂朮甘湯、イライラが強く、怒りっぽいようなら抑肝散などを用います。
 体力がない場合は、気うつ感が強くてのどから胸元にかけてふさがる感じがすれば半夏厚朴湯、不眠・不安が強く、肩こり・動悸・頭重などを伴えば桂枝加竜骨牡蠣湯などを用います。
 そのほか、イライラして、些細なことが気になり、下痢しやすい時は甘麦大棗湯、気分が沈み、不安感や不眠症状があれば加味帰脾湯などを用います。

 ◆神経症・ヒステリーに用いる主な処方チャート◆
主要症状
不安感・優うつ感・イライラ・無気力・不眠・頭痛・発作的興奮・その他の不定愁訴

あなたの体力は?-ない 胃腸も弱い(虚証)-あなたの症状は?-気分が沈む・不安感・不眠症状-加味帰脾湯

あなたの体力は?-ない 胃腸も弱い(虚証)-ひきつけ・子細なことが気になる・下痢-甘麦大棗湯・沈香天麻湯

あなたの体力は?-ない 胃腸も弱い(虚証)-不眠・不安が強い・肩こり・動悸・頭痛-桂枝加竜骨牡蠣湯 柴胡桂枝乾姜湯

あなたの体力は?-ない 胃腸も弱い(虚証)-気うつ感が強い・のどから胸元の違和感-半夏厚朴湯

あなたの体力は?-ふつう(中間証)-イライラ感が強い・怒りっぽい-抑肝散・柴胡清肝湯

あなたの体力は?-ふつう(中間証)-頭痛・不眠・動悸・尿量減少・めまい-苓桂朮甘湯・柴朴湯

あなたの体力は?-ふつう(中間証)-気うつ感が強い・頭痛・不眠・食欲不振-香蘇散・参蘇飲

あなたの体力は?-ふつう(中間証)-不定愁訴が目立つ・イライラ・不安感-加味逍遙散・四逆散

あなたの体力は?-比較的ある 胃腸も丈夫(実証)-便秘傾向・のぼせ・胃のつかえ感-三黄瀉心湯・大承気湯

あなたの体力は?-比較的ある 胃腸も丈夫(実証)-のぼせ症・胃のつかえ・眼の充血・鼻血-黄連解毒湯

あなたの体力は?-比較的ある 胃腸も丈夫(実証)-胸元が苦しい・便秘・動悸・不眠-柴胡加竜骨牡蠣湯


◎西洋薬にない不思議な効果を示す
 神経症やヒステリーは、個々人の性格的な要素が強く影響していることも多く、西洋薬では十分な効果が得られないことが少なくありません。
 当然、漢方薬を使っても、なかなか効果が現れないことがあります。
 しかし、漢方薬は西洋薬の精神安定薬と違って精神症状を軽減するだけでなく身体面にも作用するため、体調・体力が強化されてくると、精神面にも徐々に効果が現れてくることが少なくありません。
 加味逍遙散や桂枝加竜骨牡蠣湯その他の処方は、「漢方薬のマイナートランキライザー(精神安定薬)とも呼ばれますが、西洋薬の精神安定薬には見られない「不思議は」精神症状改善効果を発揮する薬といえましょう。


うつ病
◎何事にも悲観的になる
 うつ病は、わけもないのに気分が沈み、何事にも悲観的になるので、感情や意欲の低下が目立つ病気です。
 20歳代に多いほか、中高年以上の人にも多発します。中高年を過ぎてから発病した場合は「初老期うつ病」とも呼ばれます。
 うつ病の大半は、発症後3〜6カ月程度で自然治癒しますが、再発を繰り返すことが少なくありません。
 うつ病は、神経症と違って自分の病気に気付いていない人が少なくありません。自分の意欲や努力で克服しようともがいても理性では解決できず、強烈な悲哀感や罪悪感を抱いて、しばしば自殺衝動にかられます。
 また、身体の活動性・機能も著しく低下し、食欲不振・下痢・便秘・頭重感・倦怠感・肩こり・のぼせ・生理不順・インポテンツなどのさまざまな身体症状を併発するのが普通です。

うつ病でよくみられる症状
1.気分が暗く、めいる
2.物事を悪いほうにばかり考える
3.不安感がある
4.他人に申し訳ない感じがあり、自分を責める
5.他人と会うのがつらい
6.いきているのがむなしく、つまらないと感じる
7.自殺を考えたり、企てる
8.何もする気にならず、やっても仕事が手につかない
9.考えが進まない、まとまらない
10.動作が鈍く、体が思うように動かせない
11.眠りが浅く、早朝(夜半)に目覚めることが多い
12.朝方最も気分が悪い
13.疲れやすい
14.頭が重い
15.食欲がない
16.性的欲求が衰える


◎まず身体的な症状を改善する
 うつ病の漢方治療では、まず身体的な症状を改善し、肉体的な苦痛から患者さんを解放します。
 身体症状が改善されてくると、その人に備わっている本来の自己調整能力・治癒能力が自然と機能するようになり、生命力が強化されて、精神面の障害も徐々に取り除かれていくことが少なくありません。
 ただし、重症の人は自殺する危険性もあり、西洋薬の抗うつ剤が必要です。このような場合は、抗うつ剤に漢方薬を併用します。
 うつ病治療に使われる漢方薬には、柴胡加竜骨牡蠣湯(実証で不安・焦燥感が強い)や半夏厚朴湯(中間証で強い抑うつ感やのどの違和感)、加味逍遙散(虚証で意欲低下・食欲不振・全身倦怠感)、加味帰脾湯(更年期の女性など)などがあります。

◆うつ病に用いる主な処方◆
証        目安となる症状                  処方名
実証   不安、焦燥感が強い・便秘・不眠        柴胡加竜骨牡蠣湯
中間証  強い抑うつ感・喉の違和感           半夏厚朴湯・柴朴湯
虚証   不安、不眠が強い・頭重・肩こり・動悸     桂枝加竜骨牡蠣湯
虚証   イライラ・不安感・不定愁訴            加味逍遙散・女神散
虚証   不安・不眠・胃腸虚弱・貧血傾向・もの忘れ  加味帰脾湯・温胆湯


てんかん
◎発作的な意識障害を繰り返す
 てんかんは、発作的な意識障害を繰り返す病気です。
 意識障害の程度はいろいろで、全身的な筋肉のけいれんなどを伴う大発作と、一部の筋肉だけ収縮したり、短時間意識喪失する小発作があります。
 てんかん発作がおこる時は、頭痛や腹痛、発汗などの身体症状を伴うことも少なくありません。
 西洋医学的には、脳の一箇所から異常な電気発射がおこり、けいれんがおこることがわかっており、脳波を測ると特有の異常脳波が見られます。
 ただし、何故そうした異常な電気的刺激がおこるのか、はっきりわからないケースが少なくありません。

◎抗けいれん剤に漢方薬を併用
 てんかんの治療は、西洋医学では抗てんかん剤を使います。抗てんかん剤は、脳神経の異常な電気的刺激を抑制するもので、てんかん発作を強力に抑え込みます。
 ただし、抗てんかん剤は一生涯服用し続けなければならず、長く使っていると薬の効果が弱まってくることもあります。
 また、抗てんかん剤の服用を急に中止した時は、てんかん発作が連続しておこったりして、危険な状態におちいる恐れがあります。
 一方、漢方では、病的なてんかんをおこす神経を制御するのではなく、残った正常な神経の成長や活動を助ける治療方針をとります。
 ただし、漢方薬には、西洋薬の抗てんかん剤のように、強力にてんかん発作を抑える薬がありません。ですから、漢方薬を使い始めてすぐにそれまで使っていた抗てんかん剤の服用量を減らしたり、服用を勝手にやめたりするのは危険です。
 てんかんの漢方治療は、専門医の適切な管理・指導下で、経過を定期的にみながら行う必要があります。

◎漢方なら安心して服用できる
 てんかんの漢方治療では、「実証」なら柴胡加竜骨牡蠣湯などが、「中間証」なら柴胡桂枝湯などが用いられます。柴胡桂枝湯は、抗てんかん剤に併用すると抗てんかん剤の服用量を減らすことができます。
 副作用も少なく穏やかに効くため、成長期の児童のてんかん治療などによく用いられます。
 「虚証」の人には、桂枝加竜骨牡蠣湯や小柴胡湯合桂枝加芍薬湯は日本で創案された処方で、小柴胡湯と桂枝加芍薬湯を合わせた内容です(創った先生の名前を冠して「相見処方」とも呼ばれる)。

◆てんかんに用いる主な処方◆
証        目安となる症状                      処方名
実証     便秘傾向・頭痛・頭重・動悸              柴胡加竜骨牡蠣湯
中間証   口中のねばりと苦み・のぼせ・頸や肩のこり     柴胡桂枝湯
中間証   むくみ・みぞおちが硬い・首や肩がこる        桂枝加竜骨牡蠣湯
虚証     動悸・軟便傾向・疲れやすい             小柴胡湯合桂枝加芍薬湯・柴苓湯


不眠症
◎日本人の20%にみられる
 不眠症は、「実際の睡眠時間の長短にかかわらず、朝起きた時に睡眠の不足感が強く、日常生活を送るうえで、身体的・精神的に支障があると本人が判断している状態」と定義されます。
 こうした不眠症は、入眠するまでに時間がかかる「入眠障害型」と、眠りが浅くて中途覚醒や早朝覚醒がおこる「睡眠維持障害型」に大別されます。
 何らかの不眠を訴える人は、日本人の20%に及ぶといわれますが、その多くは「心理的な不眠」(精神生理学的要因による不眠症)です。
 「心理的な不眠」には、医学的に特に問題がない一時的なものと、持続性のものがあります。
 持続性のものは、以前は「神経質性不眠」とも呼ばれたタイプで、多少の入眠障害や睡眠維持障害がみられますが、実際には本人の思い込み的な要素が強い不眠症です。
 本人の主観的な要素が強い不眠症状は、神経症・性格障害などでもおこります。この場合は、精神・身体にわたるさまざまな訴えがあり、不眠はその一部に過ぎません。

不眠症の主なタイプ
@入眠障害⇒就床後入眠までに30分以上かかるもの。不眠で最も多い。
A睡眠維持障害⇒熟眠障害(浅眠と中途覚醒)、早朝覚醒(普段より2時間早く覚醒)。

不眠を訴える病態
1.精神生理学的要因による不眠症(一過性および状況性不眠・持続性不眠)
2・精神疾患に伴う不眠症
3.老人の原発性不眠症