大山宗伯東洋医学記念館蔵
「薩摩藩島津家ご用達千両箱」
江戸時代/天璋院篤姫/家紋入り









  

 




天璋院篤姫

〜 江戸時代後期 薩摩藩島津家ご用達 家紋入 千両箱 〜

天璋院篤姫で有名な薩摩藩島津家紋入り千両箱
(もちろん中身は空っぽですが、、、、。)で御座います。
天板に節穴2箇所有、後ろの板に小穴1箇所有ります。
板割れ・鋲の抜けは無く抽斗もスムーズです。
外箱内側に外側からは見えない8箇所程の小穴がございます。
鋲打ちが圧巻で目を引く一品です。
最後の画像左下の分で、赤く見える抽斗の側板と底板と奥板は、
直しが入っているようですが、前面は当時のままのようです。


島津氏の家紋=丸に十字




江戸時代後期
薩摩藩島津家ご用達
家紋入 千両箱

島津家が当時使っていた、本物の千両箱です。
詳しい方にお聞きしましたところ、これは江戸時代後期のものだそうです。
上面に、島津家の家紋が鉄で印されています。千両箱とは千両分の大判、小判が収納できる大きさの箱、
あるいは一分金の包塊(25両)が40個分収納可能であった特殊な箱です。
天下の島津家のお手元で使われていた千両箱ですので、きっと蔵の中には、
大判、小判が収められた同様の千両箱が何段にも重ね積まれていたことでしょう。
鉄製の家紋が実に存在感豊かで、威風堂々たるオーラで溢れています。 滅多に手に入らない名品らしいです!
鍵は、紛失してありませんが、抽斗もしっかり納まります。
江戸時代に島津家で実際に使われていたお品ですので、時代相応の小傷や剥れなどもありますが、
それらの時代疵以外に大きな傷みもなく、総じてとても良好と判断できます。


天璋院/篤姫

天璋院(てんしょういん) / 篤姫(あつひめ)
天保6年12月19日(1836年2月5日)〜 明治16年(1883年)11月20日)
江戸時代後期から明治時代に生きた女性で、薩摩藩島津家の一門に生まれ、
島津本家の養女となり、五摂家筆頭近衛家の娘として徳川家に嫁ぎ、
江戸幕府第13代将軍徳川家定御台所(正継室)となった人物である。


付録
2008年度、NHK大河ドラマ「篤姫」で、
天璋院篤姫様と肝付尚五郎(小松帯刀)様が交換したお守り




天璋院篤姫様のご趣味

愛犬家であり、結婚前には狆(ちん)を多数飼っていたが、
夫(家定)が犬嫌いだったため大奥入り後は猫(名はサト姫)を飼っていた。
その猫の費用は25両/年。
猫の世話は、もちろんご自分でされたのではなく、
大奥を統轄していた御年寄・瀧山の姪にあたる大岡ませ子様が担当していたらしい。

また、日本人として初めてミシンを扱った人物と言われている。
ミシンを贈ったのはペリー提督だという話もある。


薩摩藩

江戸時代に、薩摩、大隅の2ヶ国と日向国諸県郡、南西諸島を領有した藩。
現在の鹿児島県全域と宮崎県の南西部を領有したほか、沖縄県の大部分を服属させていた。

薩摩藩(さつまはん)は通称で、正式名称は鹿児島藩。
藩庁は鹿児島城(鹿児島市)、藩主は島津氏。
外様大名でありながら、最高石高は90万石といわれ、加賀藩100万石に次ぐ大藩を形成した。

幕末から明治維新にかけて、
大久保利通や西郷隆盛などの有力政治家を多く輩出し、
第一次世界大戦までの日本政治を支配した藩閥政治では、
「薩摩閥」と呼ばれ長州藩と共に有力な政治勢力を形成していた。







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資料提供
大山宗伯東洋医学記念館