全身に関する症状と漢方薬について
@手足の冷感、ほてり
手足の冷感やほてりは、内臓の疾患があるときに現われてくることが多く、漢方でも、これらの症状があれば、まず舌診、脈診、腹診を行い、
異常のある場所を見出して処方を決めていく。
手足の冷感やほてりのなかで、重要なのは足の冷感とほてりである。
これには自覚と他覚の区別があるが、漢方では自覚的な訴えを重要視する。
A疲労、倦怠感
疲労、倦怠感は日常の場面でよく出会う症状の一つである。
この症状には休息によってよくなる生理的疲労と、休息してもよくならない病的疲労とがある。
疲労、倦怠感はどうして起こるのか、現代医学でも、まだ的確な説明がなされていない。
その理由は、これらの症状は精神的な要素に、多分に影響されるからである。
疲労・倦怠感は、内臓疾患の初期に現われてくることが多いが、厄介なことに、原因不明なことも多い。
MacBryde の Signs and Symptoms
に、Lahey Clinic での300例の統計結果が述べられているが、
80%の患者さんに特別の疾患がみつからず、
残り20%の患者さんに慢性感染症(4.3%)、代謝異常(4.0%)、神経疾患(5.5%)、心血管疾患(2.7%)、貧血(1.7%)、腎炎(1.0%)、
その他(1.3%)がみられた。つまり、現代医学的治療は難しい。
一方、漢方では、疲労の症状を目標にして、処方を決めることができる。
漢方の疲労、倦怠感の治療の歴史はかなり古い。
紀元前2世紀の医学書、『黄帝内経』から始まり、後漢時代で治療法の大半が完成された。
その後、金元時代で補充されて明時代で完成されている。
この漢方の治療法は、呼吸機能や消化吸収機能を亢進させ、さらに内分泌系や神経系の機能を調整して、生体の活力を高めていく方法
を行っている。そのため消化機能をたかめる朝鮮人参とか、生体の諸機能を賦活する地黄や府子の入っている処方がよく用いられる。
特に人参は、江戸時代の山鹿流軍学書に、白梅の肉で練り、戦場で兵士になめさせて疲れを防いだと書かれているほど、疲労に効果がある。
漢方では病的疲労になる人は、消化吸収機能が低下していて、そのために何かストレスが加わると疲労状態になる。
この状態を、漢方医学的には、「脾胃の虚」という。
「脾胃の虚」とは、
胃は現代医学の胃と解剖的にも機能的にもほぼ同じものである。
脾は脾臓ではなく、消化吸収作用をさしている。
虚とは機能低下の状態をいう)
消化吸収機能の低下は、長時間の過激な労働後とか、慢性的な精神苦悩、長年の食事の不摂生、慢性疾患などで起こってくる。
また先天的にも消化機能の悪い人もある。
後天的には房事過多(過剰なSEX)も、内分泌系や自律神経系、免疫系の機能を障害し、間接的に消化吸収機能の低下を起こしてくる。
これらは漢方医学でいう腎の機能によるものである。そしてこれらの機能の低下状態を腎虚という。
だから漢方の治療を行うと脾胃の機能が正常化し、疲れない体に変わってくる。(体質改善)
B盗汗、多汗
急性熱性病の経過中や中枢神経障害時以外の病的な発汗は、疲労状態とか、大病後や諸出血後の体力の衰えているときにみられる。
そのために、人参、黄耆などの入っている補剤を用いることが多い。
また、肥満状態や更年期などの自律神経失調症でも、のぼせ感や動悸とともに多汗が起こる。
このときはいわゆる、駆於血作用(血行異常を改善する作用)のある生薬を調合した漢方薬と、
水毒状態(水分代謝異常)を治す生薬を調合した漢方薬を用いる。
漢方医学では、盗汗、多汗は、体力の低下している虚の状態と考えているので、薬効の緩和な生薬を選択し調合する。
C浮腫、むくみ
漢方では、患者さんを、主に実証と虚証とに分けて処方を決めるが、治療しやすい浮腫は実証に属するものが多い。
実証の浮腫は、発病後、あまり時間がたっていない時期のもので、患者さんは元気で、食欲があり、脈や腹に緊張がある。
皮膚にも光沢があって明るい色調をしている。
大便は正常便か、便秘傾向である。
舌は乾燥気味で厚い白苔か、黄苔がみられる。
浮腫の状態は緊満していて皺がなく、押すと凹んで、すぐに元に戻る。
虚証の浮腫は慢性疾患にみられたり、あるいは体力の衰えているときに発生する種類のものである。
そのため元気がなくて疲れやすく、脈腹に緊張なく食欲も衰えている。
顔色わるく、皮膚に光沢を欠き、どす黒く、くすんだ色調を帯びている。
大便は軟らかいか、下痢気味のことが多く、ときには便秘傾向もみられる。
舌は湿り気味で腫れていて、うすい白苔がみられたり、ときには無苔で赤い萎縮した舌のこともある。
口渇は実証のように強くないが、温かいものを欲しがり、ときには反対に、少量の氷やアイスクリームを欲しがることもある。
また冷えを訴えることが多い。浮腫の状態は軟らかく皺があり、押さえると凹んでなかなか元どおりにならない。
以上は、虚実の浮腫の大よその区別であるが、
軟らかくても実証の浮腫の場合もあるし、反対に緊満していても虚証のことがある。
すなわち、最終的には、患者さんの全身状態も、考察に加え、処方を決定する。これも漢方術者のうでの見せ所である。
また、漢方では浮腫を五臓のうち、肺、脾、腎の機能異常によると考える。
肺は解剖学的には肺臓にあたるが、機能的には呼吸作用のほか、水分の代謝も行っていると考えている。
つまり急性感冒や慢性気管支炎、気管支拡張症、喘息などにみられる顔面の浮腫傾向や全身の重だるい感じは、
肺の水分代謝異常による浮腫と考えている。
脾というのは消化吸収機能を行うもの全体をさしている。
これらの機能の異常も浮腫を起こしてくる。
たとえば消化不良や、そこから生じた貧血のときの浮腫、脂肪食の過食、アルコールや飲料水の過飲後の浮腫などがこれに相当する。
肝性浮腫もこれに属す。
腎は泌尿作用のほか、生殖、成長、諸内臓間の調節作用などをするものと考えている。
この機能の異常も当然、浮腫を起こしてくる。
糖尿病の下半身の浮腫、更年期の浮腫、月経時の浮腫も、この腎と関係したものが多い。
一般的にいえば、肺からの浮腫は実証に属し、上半身に多くみられ、脾や腎のものは虚証に属するものが多く、下半身にみられる浮腫が多い。
しかし単独の臓器の異常から起こるものは大抵、病気の初期だけで、やがてしだいに他の臓器の異常を起こし、全身の浮腫になってくる。
たとえば、急性腎炎の初期は肺の病変から始まるため、咽痛、発熱および顔面の軽度の浮腫を起こしているが、しだいに脾の異常を起こし、食欲不振、嘔気などの消化機能の異常、四肢の腫れが現われてくる。
そして慢性期に移行してくると腎の異常が起こり、四肢の冷え、腰重、易疲労―特に下半身の脱力感―、皮膚の色が黒く、くすんでくる。
つまり、すべての疾患の浮腫も適切な治療をしなければ、最終的には、腎の異常を起こし、腎性浮腫になる。
腎性浮腫は、難治性の場合が多く、漢方治療にも高度な知識・技術が必要である。
浮腫の治療は肺、脾、腎のいずれに属するものかを知り、さらに虚証あるいは実証の浮腫かを診断して、漢方薬を調合する。
D発熱
漢方では、発熱を体温計で計測して発熱と判断するだけでなく、
一般症状(口渇、煩躁、呼吸の状態、大小便の色調と回数)と
客観的な所見(脈数と性状、舌色と舌苔の状態、顔色と身体の熱感)で、処方を決定する。
そのために老人や体力の衰えているときの発熱時には、現代医学と異なった診断を下すことがある。
たとえば、発熱していても脈がふれにくくて遅く、顔色が蒼白で四肢が冷え、尿の回数多くて色調もうすければ、
熱の状態ではなく、寒の状態と診断する。
また体温の異常上昇がなくても、自覚的に熱感があり、顔が赤く、皮膚もふれると熱い、脈が速く、尿の色調が濃くて排尿回数少なく、
軽度の口渇があれば熱の状態と判断する。
また、漢方では体力のある人の熱を実熱といい、体力なく疲労状態にあるときの熱を虚熱という。
実熱は急性疾患のときにみられ、虚熱は慢性疾患、結核やリウマチのような消耗性疾患、自律神経機能異常、脱水などのときにみられる。
すなわち、実熱は防御反応が強く現れ、また炎症状態の盛んな時期といえる。
反対に虚熱は体力、気力とも衰えて防御反応も低下している状態である。