呼吸器系に関する症状と漢方薬について
@息切れ
息切れは、呼吸が苦しくなっては「ハアハア」と息をすることであり、呼吸困難と同義語である。
原因疾患は、
@呼吸器疾患;急性・慢性気管支炎、気管支喘息、肺気腫、自然気胸、肺線維症、肺炎、肺結核、肺癌、間質性肺炎など。
A循環器疾患;心不全、心弁膜症、心筋炎、心筋梗塞など。
Bその他;血液疾患、代謝異常、上気道異物、神経筋疾患、過呼吸症候群など。
息切れ、呼吸困難は、呼吸促迫と呼吸浅表に分けられる。
漢方では、呼吸促迫を「短気」といい、呼吸浅表を「少気」といい、これらを「喘」と総称する。
心臓疾患や呼吸器疾患などは、やはり、西洋医学的検査が必要である。
漢方治療の適応は、器質的疾患のない心臓神経症や更年期障害の場合が最も効果的である。
器質的疾患があるものは、西洋医学的治療と併用するとよい。
Aせき・たん
せき・たんの原因
肺の感染症、物理化学的な刺激、アレルギー性疾患、肺線維症、肺癌、心疾患による肺浮腫など。
最近では、降圧薬であるACE阻害薬の連用による副作用で「乾咳」が発現することが多い。
漢方では「乾咳」は、たんのないせきで、
湿咳やたんが粘稠で喀出しにくいたん(燥痰)には、地黄、麦門冬、天門冬、当帰などの滋潤薬の入った処方(麦門冬湯、滋陰降火湯など)がよい。
湿痰は白色で大量のたんである。
薄い水様性のたんで、舌苔が白く、四肢の冷えなどの寒症がみられるのも寒痰である。
利水薬(麻黄、細辛、茯苓、杏仁、朮)などが用いられ、小青竜湯がよく使われる。
喘鳴を伴う咳には、麻黄や杏仁の入った処方、小青竜湯、麻黄甘石湯、苓甘姜味辛夏仁湯がよい。
粘稠なたんが多いものには清肺湯がよい。
漢方の治療は、各種の鎮咳去痰剤を中心にその病気の症状や症に従って、
発熱、頭痛、身体痛(表証)があれば、それを治す薬物を配合したり、
せきと同時に喘鳴を伴うかたんがでるかでないか、
たんが切れにくいが切れやすいか、
たんの量や性状(膿性、うすい、普通)、
朝または夜に咳が多いかどうか、
顔を赤くして咳き込むか、
などに注意して、調合を決める。
さらに、体力の衰えているものには滋養強壮薬の入った漢方を用いるなど、総合的な観点からも調合を変える。
B吃逆(しゃっくり)
しゃっくりは横隔膜および呼吸補助筋が急に痙攣するために起こる異種の反射運動である。
そして声帯が緊張して狭くなっているところへ急に息を痙攣性に吸うためにしゃっくりの音が出る。
しゃっくりの大部分は暴飲暴食による胃の過伸展、アルコール、精神的因子が原因となっているものが多く、自然に治り無害である。
脳出血、脳梗塞、脳腫瘍や隣接臓器の炎症などによる喉頭や横隔膜などの異常刺激などで起こることもある。
長期のしゃっくりは、圧倒的に男性に多く、器質的疾患があるが、女性では心因性のものが多い。
西洋医学的治療法は、物理的療法、薬物療法(コントミン、プリンペラン、ランドセン)、横隔膜神経ブロックなどがある。
漢方では気の上衝と水毒の上衝によるものと考えられている。
C喀血
痰中に血液の混在するのを血痰をいい、純粋に血液のみを喀出するのを喀血という。
喀血および血痰の原因
気管より肺胞にいたる呼吸器系のどこかの疾患や損傷により起こる。
外傷、気管支炎、気管支拡張症、肺結核、肺炎、肺癌、心疾患、大動脈瘤の破裂、肺梗塞、白血病、代償性喀血など。
大量の喀血は、気道閉塞による窒息死の危険があるため、気管支鏡による止血や、気管支動脈閉塞栓術などの適切な処置が必要。
漢方では、20ml以下の少量の喀血が適応である。
喀血の漢方診断
陽性・熱性の出血(血色もよく、手足が温かで脈も力があるもの) →黄連解毒湯、三黄瀉心湯など
陰性・寒性の出血(血色も悪く、手足が冷え、脈の力も弱い) →地黄を主剤とした弓帰膠艾湯、四物湯など
両者が混在している場合には、温清飲(黄連解毒湯と四物湯の合方)を用いる。
於血の証があれば、駆於血剤(桃核承気湯、折衝飲など)を用いる。
Dカゼ症候群(インフルエンザ)
カゼの原因の大部分はリノウイルス、コロナウイルスなどのウイルスである。
治療法は、安静、保温、解熱鎮痛薬、鎮咳薬、去痰薬などの対症療法が主体である。
カゼは、個人個人によってそれぞれ違った症状を現す。
漢方的には、
@「太陽病」として始まり、
悪寒、発熱、頭痛、身体痛、項背のこわばり、関節痛などの体表の部位に見られる症状、
すなわち「表証」が現れる。
処方は、葛根湯、麻黄湯、桂枝湯などを投与する。
A病気がさらに進み、こじれてくると全身倦怠、食欲不振、弛張熱、微熱、寝汗、咳嗽、胸脇苦満などの症状がでる、
すなわち「半表半裏症」となり、柴胡剤を中心に調合する。
患者の平素の体質、環境、病気の軽重、症状の相違によって、その人その人に応じた調合をするのが漢方の特徴である。
つまり、西洋薬の対症療法よりも、漢方の随証治療のほうが病気を全体的、総合的に把握して治療を行うので、より合理的と言える。
虚証の人のカゼ、長引いたカゼは、漢方の得意とするところで、合成新薬より優れていると考えられる。
その証の一つとして、
発熱は、体温を高めてウイルスの増殖を防ぎ、感染防御機構を活発にすると考えられ、
積極的に解熱剤を使用しないほうがよいことがわかってきた。
つまり、カゼの治療は身体を温める作用のある漢方のほうがよい適応である。
E気管支喘息
気管支喘息は、気道の可逆性閉塞性疾患で、その真の原因は不明である。
ただ喘息の中心病像は、好酸球、リンパ球、肥満細胞など多くの炎症細胞が関与する気道の慢性炎症である。
現在医学の喘息治療の基本は、ステロイドの吸入療法で炎症をとり、気管支拡張薬で気道の収縮を治そうとするものである。
喘息の真の原因は不明であるが、発作は種々のアレルゲンによって誘発され、
薬剤や運動、過労あるいは感情の変化、
気象の変化などさまざまの因子が引き金となって生じる。
したがって、本来、喘息は全身病として考えるべきである。
つまり、喘息には、漢方が効果的なのである。
(わが国の喘息治療のガイドラインに、漢方治療は軽症、中等症によい適応がある、との記載がある)
気管支喘息の漢方を大別する
@発作に対して対症的効果ないし速効を期待する薬方と、A体質改善による根治的効果を期待する薬方がある。
@には、多くは麻黄剤が組み合わされている薬方を用い、
Aには、柴胡剤の加味方が多く用いられる。
また発作時に両者を組み合わせて治療すると速効する、
喘息の発作時の治療は、軽い発作なら麻黄剤をうまく使うとよいが、
強い発作の場合は、現在医学による治療との併用で効果があがる。
喘息に対する漢方の要点は、体質改善を行って発作を予防することにある。
寛解期に柴胡剤や補剤をうまく使用して、
胃腸を丈夫にしたり、
気道の過敏性を鎮静させる、
F急性・慢性気管支炎、肺炎
急性気管支炎は、通常、かぜ症候群に続発して起こる。
原因はウイルス、マイコプラズマ、細菌などの感染によることが多い。
初期には乾性のせきであるが、次第に粘稠性から粘膿性の喀痰を伴うようになる。
慢性気管支炎は、気道の慢性炎症で、2年以上連続して、毎日、せきやたんが続くものである。
病因として喫煙や大気汚染が重要である。
肺炎の病因病原菌は、細菌性肺炎では肺炎球菌、ブドウ球菌、インフルエンザ菌などである。
非定型肺炎では、マイコプラズマ、クラミジア、ウイルスなどである。
若年者ほど非定型肺炎が多く、高齢者では細菌性肺炎が多い。
悪性腫瘍、血液疾患、糖尿病などの基礎疾患のある患者や高齢者は感染防御力が低下しているので、菌力の弱い者にも感染しやすい。
漢方は、まず、咳嗽、喀痰の治療に準じて行う。
発熱、全身状態などを考慮して、処方を決める。
漢方薬の鎮咳、去痰、気管支拡張作用、抗炎症作用により、気道の分泌物の喀出を気道の清浄化をはかる。
高齢者、全身の体力の衰えた人の場合には、漢方薬の滋養、強壮作用により、身体の抵抗力を強め、全身状態を良くして治癒を促進させる。
漢方薬には強力な抗菌作用はあまりないので、適切な抗生物質と併用する必要がある。
G気管支拡張症、肺化膿症
気管支拡張症は気管支内腔が不可逆性に拡張する疾患である。
肺炎、肺化膿症、肺結核の後遺症や先天性、免疫異常などから起こる。
がんこで、治りにくい、膿性痰、血痰、出没する発熱を主訴とする。
症状は一進一退する。
時折急性感染を起こす。
抗生物質による感染治療、去痰療法、呼吸不全対策が治療の中心である。
肺化膿症は細菌感染による肺の化膿性および壊死性変化で、膿瘍形成のみられるものをいう。
各種化膿菌、嫌気性菌などの混合感染が原因で、原発性と続発性肺化膿症とに分けられる。
症状は、不定の高熱、腐敗臭を有する多量の膿性痰である。
治療方針は、抗生物質による感染治療(特に肺化膿症の場合は、早期に適切な抗生剤を十分に投与する)、
去痰療法、栄養、水分などの全身療法、呼吸不全対策、外科療法などがある。
漢方薬には、強い抗菌作用はあまりないので、適切な抗生物質と併用する必要がある。
漢方薬には、去痰作用と気管支拡張作用、抗炎症作用があるので、
気道の分泌物の喀出と、気道の清浄化をはかり、
老人など、全身の体力の衰えた人の場合には、漢方薬の滋養・強壮作用により、
体の抵抗力を強め、全身状態をよくして、治療効果を上げるのが目的となる。
H肺結核(非定型抗酸菌症を含む)
肺結核の治療は、化学療法が主体となる。
漢方は、高齢や慢性化して体力が弱ったもの、
耐性菌のため難治なもの、
化学療法による副作用(肝障害を起こしたもの)、
非定型抗酸菌症のM,aviumcomplex のように、抗結核薬に耐性、難治なものなどに行う。
漢方では、患者の体力をつけて、自然治癒を助けることを目標とする。
I肺気腫
肺気腫は、高齢人口の増加、大気汚染などのため、最近著しく増加している疾患である。
とくに中高年の喫煙歴のある男性に多い。
病理形態学的には、終末細気管支を含めた、より末梢肺胞壁の破壊が生じている。
自覚症状は、労作時、体動時の息切れ、呼吸困難である。
そのほか、喀痰、咳、喘鳴などが認められる。
胸部X線や胸部CT検査で、肺紋理の減少、肺実質の破壊、肺血管影の減少、肺野の嚢胞性変化などが認められる。
呼吸機能検査では、1秒量、1秒率の低下がある。
西洋医学的治療は対象療法であり、気管支拡張薬、去痰薬、呼吸理学療法、
感染時には抗生物質投与を行い、重症例では在宅酸素療法を行う。
禁煙は厳重に指導する。
漢方には、去痰作用、気管支拡張作用、抗炎症作用、体力の強壮作用などがあるので、
呼吸理学療法や現代医学的治療に、漢方をうまく併用して、
息切れ、せき、たん、喘鳴などの症状を改善させることができる。
J間質性肺炎
間質性肺炎は、
@原因不明、
A膠原病に伴うもの、
B薬剤によるもの
に大別される。
原因の明らかな薬剤によるものは、これを除去すれば改善することが多い。
@Aは原因不明で、慢性に肺の線維化が進行する。
症状は労作時呼吸困難、乾性咳をもって発症し、感冒などを契機に急性増悪をきたすことがある。
肺の聴診ではベルクロラ音が認められ、胸部X線検査では、スリガラス様変化、心陰影の不鮮明化、線状・網状影の増加を認める。
治療は、急性増悪期には、ステロイド薬が用いられる。
必要によっては在宅酸素療法を導入する。
現在、根本治療は、肺移植しかない。
漢方は、ステロイド薬の副作用を少なくしたり、感冒にかかるのを防いだり、病変の拡大を防ぎ、進行を緩やかにすることを目標とする。
注意:警告
間質性肺炎に対する漢方は、ステロイド薬の副作用を少なくしたり、感冒にかかるのを防いだり、病変の拡大を防ぎ、
進行を緩やかにすることを目標に、柴胡剤(小柴胡湯、柴朴湯、柴胡桂枝乾姜湯など)がよく用いられてきた。
しかし、現在、これらの処方は少数例ではあるが、薬剤性間質肺炎の副作用が報告されて、「警告」に記載されている。
私たちは、間質性肺炎の患者さんには、漢方薬は投与しない。
患者さんから、希望があれば、まったく安全な健康食品をお勧めする。