循環器・血液に関する症状と漢方薬について

   

@胸痛

胸痛は、

胸痛の原因疾患は多数あるので、まず現代医学的診断を行うことが必要である。

漢方のもっとも効果的な疾患は、「肋間神経痛」である。

漢方では、神経痛は胸痛、脇痛、腰痛、中風、痛風などといった病門に含まれている。
風、寒、湿の邪が関与し、これらの病邪が経路の流通を阻害して気血の停滞を招き、痛みを招来する。

痛みが慢性化したものでは、於血、水毒の関与が考えられている。

現代では、帯状疱疹には、抗ウイルス剤のゾビラックス内服、アラセナA外用が治療の基本であるが、
発病当初から漢方薬を併用してよい。



A動悸(心悸亢進)

動悸は自覚症状であって、心臓がドキドキすると感じるもので、心臓の拍動を不快感を伴って意識することをいう。
動悸を訴える疾患は、心疾患のみならず、それ以外の疾患もある。

漢方でいう動悸は、現代医学でいう上記の状態のみならず、
漢方の古典に「腹部で動悸が触れる」という言葉があるように、腹部大動脈拍動の触知をも指す。

関連する漢方用語には心悸、心動悸がある。
これらは動悸と同義である。
心煩は心臓部に熱感。動悸を感じるもの。
心下悸はみぞおちの動悸、臍下悸は臍の下の動悸、腹中動悸は腹中の動脈の拍動を感じたときの表現である。

動悸を訴える疾患で、漢方が適応する疾患は、
心臓神経症、
自律神経失調症、
更年期障害などである。

高血圧症、心不全、甲状腺機能亢進症、貧血、不整脈、発作性頻拍、心房細動などの各疾患の治療を第一に考える。



B出血傾向

出血傾向を引き起こす疾患は多数あるが、重篤な疾患は漢方治療の対象ではない。

漢方が効果的な出血の症候は、
衄血、皮下および皮膚出血、性器出血、吐血、喀血、血尿、下血、痔出血などで、重篤な基礎疾患によらず、出血が大量でないもの。

出血に対してはまずその原因の検索が優先する。
とくに吐血、喀血、下血では、現代医学の診断が重要である。

出血にも陰陽、あるいは虚実が区別される
陰証・虚証の出血と、陽証・実証の出血が区別される。
この両者と関係は深いが於血証による出血を区別する。

出血の陰陽、虚実

陰証・虚証傾向        陽証・実証傾向             於血性出血
さむがり・冷え性       あつがり・のぼせ症           於血証: 
顔色が悪い          血色がよい               小腹ごう満
脈に力がない         脈に力がある             皮膚粘膜の赤黒い色調、
やや赤黒い出血       比較的鮮紅色の出血         毛細血管の拡張、
にじみでる出血        比較的勢いのよい出血        などを伴う

適応:弓帰膠艾湯      適応:黄連解毒湯            適応:桃核承気湯
    四物湯            三黄瀉心湯                桂枝茯苓丸
    小建中湯           桃核承気湯               弓帰膠艾湯

急性出血
急性の出血に対しては病勢が激しいと考えて、実証の患者はいうまでもなく、虚証の患者にも、実証向きの処方が用いられる。
三黄瀉心湯、黄連解毒湯など。

慢性出血
慢性の出血は文字通り、勢いのない、じわじわとした、長時間にわたる出血である。
漢方の原則に基づき、虚証タイプには補剤を、実証タイプには瀉剤をそれぞれ応用する。
しかし、一見実証タイプであっても、長期にわたる出血によって、体力の低下が顕著である場合には補剤を用いる。
漢方の特徴に、反復出血、出血傾向に対する処方があるが、
出血のない時期から、適応漢方の長期連用により、いわゆる体質改善が得られ、病気から回復することで、
習慣性鼻出血、過多月経などがこれに相当する。



C貧血

貧血は血色素、赤血球数の低下を示す。

その成因には、
(1)骨髄における造血能力の低下。
(2)消化管(胃・十二指腸潰瘍)、痔、子宮などからの出血、
(3)赤血球寿命の短縮、赤血球のぜい弱、溶血、
以上の三つが考えられる。

貧血を起こす疾患は多数ある。
現代医学ではこれら貧血に対して種々の対応法を用意している。
まず、貧血においては現代医学的に病因を診断することが第一である。
貧血の原因が、重要臓器の出血による場合などはその原因疾患の検査が重要である。

貧血には、
症候性貧血、鉄欠乏性貧血、鉄芽球性貧血、巨赤芽球性貧血、
再生不良性貧血、溶血性貧血、白血病、赤芽球癆などが区別される。

症候性貧血は感染症、膠原病、腎不全、肝障害、栄養障害、妊娠などにみられる貧血である。

漢方薬は、上記のいずれの疾患においてもよく適応する。

重篤な貧血の患者さんは、すでに現代医学的諸治療が行われている。
したがって漢方を試みる段階では、通常、現代医学との併用が行われる。

症候性貧血では、原疾患そのものに対する治療が必要である。
漢方は、原疾患と貧血を関連づけて調合を考える。

貧血の原因を早期に的確に診断し、治療法を決定することが大事である。
現代医学的治療、漢方治療、その両者の併用、いずれが一番よい方法であるか、決定しなければならない。

実際には、多くの場合、現代医学的治療が行われ、漢方治療が単独で行われることは少ない。
多くの重篤な血液疾患(再生不良性貧血、白血病など)では現代医学的な諸治療がすでに行われている。
したがって、漢方治療を試みるならば、今まで行われている現代医学的に併用する形で行われることとなる。

鉄欠乏性貧血に対しての漢方薬は、還元鉄配合漢方薬がある。鉄配合処方として鍼砂湯がある。
鍼砂湯は鉄欠乏性貧血に対するもっとも効果的な漢方薬である。

鉄欠乏性貧血、妊娠貧血に対しては通常、鉄剤と漢方薬の併用療法が行われる。

女性にみる月経過多による貧血は、漢方の得意とするところである。

貧血は血虚と関連が深い。血虚は、虚証の徴候の一つである。
血虚は顔、唇、爪の血色なく、頭暈、耳鳴、不眠、女性で月経の不調を伴う。
『素問』では「心主血、肝臓血、脾統血」と記されている。
血虚に用いられる薬物が補血薬である。
補血薬は当帰、阿膠、白芍、丹参などがある。
これらには補血とともに活血、止血の効もある。

漢方の適応する疾患は、
(1)鉄欠乏性貧血
(2)妊娠貧血
(3)その他出血性疾患、症候性貧血
などがある。

漢方の効果は胃腸を丈夫にし、体力の増強をはかり、血液の末梢循環を改善する。
補虚剤、補血剤、利水剤が有用である。
現代医学では、上記のようなことを目的とする手段がなく、この辺は漢方の独断場である。

鉄欠乏性貧血では、現代医学の鉄剤とともに、適切な漢方薬を服用することで、
鉄剤による副作用である胃腸障害の予防と、貧血の早期改善が得られる。

失血性貧血に対しても同様である。
もちろん原因疾患に対する治療が重要であることはいうまでもないが、
さらに適切な漢方薬を併用することで、貧血の著明な改善が得られる。

妊娠貧血に関与する因子として、水血症と鉄欠乏性貧血の両面があるといわれている。
それゆえ、鉄剤の内服あるいは注射とともに、水血症の治療が必要である。
水血症は、漢方的にいえば、水毒と考えられる。
この病態には利水剤の調合漢方が必要になる。
一般的に現代医学の利水剤は、水血症の治療にはあまり適していない。
これに対して、漢方処方は電解質のバランスを崩すことなく、利尿・利水効果があり、
しかも妊娠そのものに対しても、安胎効果がある。

普通一般的な処方に、当帰芍薬散、連珠飲、八珍湯、当帰四逆加呉茱萸生姜湯がある。

再生不良性貧血、赤芽球に対しては、漢方薬は通常、洋薬と併用の形で用いられる。
帰脾湯、加味帰脾湯、十全大補湯、補中益気湯、人参養栄湯がよい。
臨床研究治験報告は、帰脾湯、加味帰脾湯、十全大補湯などの使用例がある。
私たちも、帰脾湯、加味帰脾湯が有効であった患者さんは多い。



D心不全

心臓の機能低下すなわち心不全は、収縮性低下によって生じる。
その結果末梢組織に必要なだけの血液を送れなくなる。
左心不全は肺にうっ血を生じ、
空咳、呼吸困難、起坐呼吸、湿性ラ音、X線上の肺のうっ血像、肺水腫像を、
右心不全は頸静脈の怒張、全身静脈の怒張、肝腫大、浮腫、胸水、腹水などを生じる。

心不全の治療は、まず第一に現代医学的治療である。

漢方は現代医学治療と併用することで、延命、手術の副作用軽減が期待できる。

『金キ要略』の痰飲嗽病篇では4つの飲症を挙げ、
なかでも「支飲」として、胸膈の間に水分が停滞して「喘して臥する能わず、加うるに短気し、その脈は平なり」
「膈間に支飲ある時はその人喘満し、心下はひ堅し、面色は黒、その脈は沈緊」
と心不全の病状を把握している。



E不整脈

不整脈は種々の原因疾患を含んでいる。
虚血性心疾患、心筋症、先天性心疾患などの有無を考慮し、
それに対する治療と不整脈の治療を兼ねて行う。

不整脈のなかには、漢方治療が適さないことも多い。
緊急処置を必要とする不整脈については、すぐに専門医に相談する。

漢方は、上記以外の、洞性不整脈、心室性期外収縮、上室性期外収縮、心房細動、心房粗動、脚ブロックなどである。

これらの疾患においても、現代医学的治療と併用することで、
現代医薬による副作用軽減、心身症的傾向の強い患者さんに漢方を用いるのがよい。

心室性期外収縮のうち基礎疾患のない良性のものは漢方の対象になる。



F高血圧

高血圧症の原因は本態性と症候性の二つに分けられる。

高血圧症の病因による分類
1.本態性高血圧症
2.症候性高血圧症
 (1)腎性高血圧症
 (2)内分泌性高血圧症
 (3)心臓血管性高血圧症
 (4)神経性高血圧症

本態性高血圧症の治療においては、食事、便通、睡眠、安静などの日常生活の指導を行う。
それでも血圧が高値を示す場合には、利尿降圧剤、β遮断剤、Ca拮抗剤、血管拡張剤、ACE阻害剤などが用いられる。

漢方薬の降圧作用は比較的緩徐である。
高血圧症の随伴症状である
精神不安、のぼせ、焦燥、頭痛、頭重、肩こり、耳鳴り、めまい、
動悸、不眠、頻尿、夜間尿、冷え性などの愁訴を、副作用の心配なく除くことができる。

私たちは、軽症の高血圧症には漢方薬のみ、
中等度から重症の高血圧症に対しては、降圧剤との併用がよいと考えられる。

新薬との併用の基準は、明確なものはない。つまり、腕の見せ所となる。

強い新薬の降圧剤の副作用を除く意味でも漢方の併用は望ましい。

ACE阻害剤による咳嗽を除くために麦門冬湯を、
Ca拮抗剤を除くために黄連解毒湯、加味逍遙散を、
それぞれ用いるとよい。

高血圧症の症例は大多数が、陽証、実証傾向である。
ごく一部に陰証、虚証の症例がある。

高血圧症の漢方は、古典には記載されていない。
高血圧症という病態によって生じた、種々の身体・精神の Imbalance の改善が漢方の目的と言える。
陽証、実証、上衝、於血、腎虚などの病態が関連することが多い。
それぞれの症状を目標に、種々の生薬を調合することが必要となる。



G低血圧

低血圧症の漢方と高血圧症の漢方の間には、一部共通性がある。

高血圧症の症例は、陽証・実証の傾向が多いが、
低血圧症の症例は陰証・虚証の傾向が多い。

陰証・虚証の高血圧症は低血圧症の治療とほぼ同じである。

低血圧症の漢方は、直接的な昇圧を目的とするのではなく、低血圧症の随伴症状の改善を目的とする。

低血圧症の自覚症状としては、
疲労感、めまい、四肢冷感、頭重感、肩こり、動悸、便通不調、
心臓部不快感、性欲減退、集中力低下、不眠、食欲不振など多岐にわたる。

本態性低血圧症は、漢方的にみると、陰証、虚証、水毒、血虚などを示す。
これらの四症候は互いに関連している。



H閉塞性動脈硬化症、閉塞性血栓血管炎(バージャー病)、レイノー病

閉塞性動脈硬化症(ASO)は、動脈硬化性病変によって血管内腔の狭窄や閉塞を生じ、
そのために下肢の血流が低下することにより、種々の症状が生じる。

閉塞性血栓血管炎(バージャー病)は、50歳以下の成人男性に好発する四肢動脈の慢性閉塞性病変で、
原因不明の非特異的血管炎である。
発症と症状増悪は喫煙と密接な関連性がある。

近年食事の変化、高齢化などから閉塞性動脈硬化症の増悪が著しく、その比率は逆転した。

両疾患の主症状は間欠性跛行である。
患者さんは、歩行により、四肢の疼痛、ひどい疲労感、しびれ感のため、歩行不可能となる。
休息によって回復する。
また、わずかな原因により外傷を生じて特発性脱疽となる。

現代医学的治療法として血行再建術、腰部交感神経節切除などが行われる。
新薬では、プロスタグランジン、抗血小板剤などがある。
漢方もよく適応する。

レイノー病、レイノー症候群は、寒冷、また精神的緊張などが誘因となって、
四肢の細小動脈に攣縮が生じ、発作性に手指・足趾の皮膚に蒼白、チアノーゼ、さらに冷感、疼痛が生じる。

レイノー症候群は基礎疾患として、閉塞性動脈疾患、膠原病、振動病などに伴ってレイノー現象が生じる。

本症三疾患に、共通する漢方的病態は於血である。
このような疾患をきたす体質は陰証、虚証の人が多く、病位は裏で、厥陰病である。
このような場合、於血の病態のほか、気虚、さらに水毒が加わっていると考えられる。
したがって、駆於血剤をベースに、補気剤、温補剤、利水剤などを組み合わせることが必要となる。



I発作性頻脈症、心臓神経症(奔豚症)

発作性頻脈症は、上室性、心室性、WPW症候群に分類されている。
頻脈症の発作、そのものに対しては、現代医学的治療を最優先する。

発作性頻脈症に対しては現代医学的に正しい診断が必要である。

漢方は発作予防、あるいは体調の改善によって発作誘発因子を抑制する。

心臓神経症は心悸亢進、前胸部痛、呼吸困難などの心臓症状を訴えるが、
それを裏づけるような器質的疾患が見い出せない場合、心臓神経症と診断される。

同時に心身医学的な検査、内科的な血液検査、甲状腺機能検査なども必要である。

漢方の原典の一つである『金匱要略』には、胸痺・心痛が記載されている。
胸痺・心痛は一般に狭心症を指すが、発作性頻脈症、心臓神経症も含む。

また「奔豚」(激しい動悸が臍の下から胸に向かって上がってくる状態)が記載されているが、これも心臓神経症と関連がある。

『病源候論』には気病の一徴候として奔豚気を挙げている。
奔豚気も上記奔豚と同様の状態である。

心臓神経症は、漢方がよく適応する疾患である。



J狭心症、虚血性心疾患

狭心症、虚血性心疾患は、急性期、慢性期のいずれにおいても、現代医学的治療を優先する。

急性期には、新薬のニトログリセリン舌下錠、同貼布剤、その他Ca拮抗剤、βブロッカー、血小板凝集抑制剤などを常用するのが基本である。
症例によっては、ICU、外科手術も必要であるので、専門医にすぐ相談する。

漢方は、現代医薬の副作用軽減、精神神経障害の合併、神経質な患者さん併用する。

漢方の適応、出番
(1)自覚症状として胸部違和感、動悸、のぼせ、いらいら、めまい感など不定愁訴、神経症様愁訴の改善。
(2)胸満・便秘その他全身症状の改善。
(3)冷えによる発作誘発の改善。
(4)疲労による発作誘発の改善。
(5)駆於血剤による血管対策(動脈硬化の予防)

『金匱要略』に「胸痺、心痛、短気病の脈証と治」という篇があり、胸痛の治療が述べられている。
胸痺、心痛はともに現代医学の狭心症と虚血心疾患の発作に類似している。

私たちは、加工附子、蕃紅花、田三七、紅参、丹参なども、別包して、基本調合漢方薬に加える。
もちろん、こうすることで、効果は上がる。



K特発性血小板減少性紫斑病(ITP)

特発性血小板減少性紫斑病(ITP)は、漢方上、脾不統血、気不統血という過程によって生じると考えられている。

つまり、本症には脾虚、気虚に用いる方剤が対応する。
患者さんは、漢方相談に来局するまでに、現代医学的治療を受けていることが多い。

本症には免疫機構による発症が関与するといわれている。現代医学ではプレドニソロン、エンドキサン、オンコビンの各投与、
摘脾などが行われている。

特発性血小板減少性紫斑病(ITP)には、全国的臨床研究により、加味帰脾湯、帰脾湯が有効であることが判明している。
この調査は、漢方の証は考慮していない、新薬の方法論と同じ血液学専門医の検討したデータである。

参考までに、帰脾湯の原典『済生全書』には、
「脾経の失血、少し寝て発熱盗汗し、或は思慮して、脾を破り、血を摂すること能わずして、・・・」
との記載がある。