肝臓.胆嚢.膵臓に関する症状と漢方薬について
肝・胆・膵系の漢方薬について
肝臓、胆嚢については五臓六腑中に存在する臓腑であるが、膵については解説がない。
肝胆はともに臓腑の実体としては現代医学のそれと同じものをみていると考えられるが、その機能は、同じではない。
漢方では肝は、「将軍の官」と呼ばれ、
@代謝機能・血流調節作用、
A中枢神経系の情緒(特に怒り)および筋肉の運動と関連、
B目と爪との関係を有するとされる。
「将軍の官」とは、防御系機能を有すると解釈すれば、
@とともに現代医学と共通した認識と考えられる。
これに対し、A以下の機能については現代医学とは異なっている。
一方漢方では、胆は胆汁を貯蔵・排泄する臓器意外に、「決断を主る」といわれ、
中枢神経系機能をも有している。
この機能の中で、特に睡眠との関連が云われ、胆が冷えると不眠になると考えられている。
膵は、実体臓器が不明であるが、膵が消化吸収に関する機能を有することから
脾の一部にそうとうするとの考え方もある。
本領域に対する漢方治療の効果は肝疾患を中心に検討されてきている。
とりわけ慢性肝炎に対する小柴胡湯の効果が注目される。
漢方の独断場は、患者の愁訴を中心とした病態の改善すなわちQOLの維持向上である。
黄疸のように疾患に比較的特徴的な症候は古典にも記載があり、
これに準拠して治療を考えることができる。
@黄疸
黄疸は、視覚的に容易に把握できるため、『黄帝内経』にすでにその記載がある。
さらに「傷寒論」および「金匱要略」では黄疸の治療も論じられている。
「傷寒論」では、主に陽明病期の症候として、
「金匱要略」では、穀疸、酒(黄)疸、女労疸、黒疸の4種の黄疸をあげている。
穀疸は、急性肝炎、
酒(黄)疸は、アルコール性肝炎・肝硬変、
女労疸および黒疸は肝硬変の一部を指すものと推定される。
この他に「諸病源候論」には、
急黄として、短時間で致死的経過をとる黄疸の記載があり、劇症肝炎を想像できる。
門脈圧亢進による腹水貯留も肝硬変の代表的症候である。
漢方医学では鼓脹とよばれ、腹水は水毒ととらえられる。
手掌紅斑やくも状血管腫、腹壁静脈怒張は於血と考える。
慢性の肝機能障害は漢方的には脾虚、肝血虚、於血、腎虚の病態と関連している。
A二日酔い
二日酔いの症状には、悪心、嘔吐、頭痛、口渇、多飲、尿量減少などが代表的である。
漢方的にはこれらの症状は、まさに水毒と考えられ、五苓散の適応を想像させる。
また飲酒後顔面が紅潮したり、体がほてってくるということもある。
こうした症状は気の上衝あるいは血熱と考えることができ、黄連解毒湯を想像させる。
黄連解毒湯の原典である『外台秘要』の条文では、
飲酒後に生じた「煩悶・乾嘔、口燥、呻吟、錯誤、不得臥」に使用しており、
こうした症状には飲酒以外の原因で生じた場合にも効果的である。
Bウイルス性肝炎
肝炎ウイルスによって生じる肝炎のうち、
慢性化するものは、B型およびC型肝炎ウイルスによるものがほとんどである。
現代医学では、慢性ウイルス肝炎の原因をウイルスの持続感染ととらえることが一般的である。
したがって、その根本的治療は、ウイルスの排除ということになる。
インターフェロンの肝炎治療への導入により、C型慢性肝炎では約30%の例でウイルスの排除が可能となっている。
しかしインターフェロン無効例の存在や、
インターフェロンの副作用、
年齢や肝組織所見および肝機能検査所見からインターフェロンの治療が困難な患者さんも存在する。
こうした例には、ウルソデオキシコール酸、グリチルリチン注射薬などが使用されている。
これらも、すべての例で効果的とはいえない。
また注射製剤では通院が頻回となり、患者にとって大きな負担である。
こうした現状であるからこそ、漢方が必要とされ、効果的である。
実際に、漢方薬によりHCVの消失をみたとの報告もなされている。
一方、B型肝炎では、e抗原・抗体系のセロコンバージョンに小柴胡湯が有用であるとの報告がある。
ウイルス性肝炎の場合、肝臓癌への移行(発ガン)をいかに低下させるか、これが漢方で重要な意味を持つ。
これに関しては、非B型の肝硬変患者(多くはC型肝炎と思われる)に小柴胡湯を投与すると、
肝細胞癌の発生が抑制されたとの報告がある。
また小柴胡湯の実験的薬理作用の検討では、
線維化抑制作用のあることが報告されている。
このことは、肝臓病変の進行が緩徐となり、発癌のリスクを減ずることもあると考えられる。
Cアルコール性肝炎
『金匱要略』黄疸病編に記載される酒(黄)疸は、その原因として酒について言及はない。
『諸病源候論』などの記載を勘案すると原因として主に酒を考えていたと推定される。
酒黄疸の症候として、『金匱要略』では、心中懊悩あるいは熱(痛)、足のほてり、鼻の乾きなどをあげている。
漢方薬としては梔子大黄湯を載せている。
これに対し『諸病源候論』では、その他に下腿の浮腫、顔面の紅斑を挙げている。
顔面の紅斑は、アルコール性肝障害では強く現れるような印象がある。
アルコール性肝炎は、
悪心・嘔吐、下痢、食欲不振などの消化器症状、
微熱、全身倦怠感などの症状をもって発症することが多い。
ついで、尿の黄染、浮腫、右季肋部圧痛、腹痛から、
さらに黄疸、腹水、神経症状の出現をみることもある。
こうした症状を漢方的に解釈すれば、
肝胆の湿熱を主体としたものといえる。
茵陳蒿湯、茵陳五苓散などがよく用いられる。
悪心を心中懊悩と考えれば梔子剤も考慮される。
また季肋部の圧痛は、柴胡剤を使用する根拠を与える。
その程度により、大柴胡湯、四逆散、子柴胡湯、柴胡桂枝湯、柴胡桂枝乾姜湯などを使い分ける。
アルコール性肝炎あるいは肝障害では、
禁酒節酒が不可欠であり、
これが守られない患者さんは、漢方の効果も、思うようにでない。
禁酒にもかかわらず自覚症状あるいは肝機能障害が持続する患者さんに漢方がより効果的となる。
D脂肪肝
酒癖とよばれるアルコール性肝障害にみられる腫大肝の記載がある。
種々の原因で脂肪肝は生じるが、原因の明らかな例ではまずこれを取り除くことが肝要である。
日常では、肥満者、糖尿病、常習飲酒者などにみられる肝脂肪が多い。
この場合にはそれぞれ体重の減量、糖尿病のコントロール、節酒ないし禁酒が必要となる。
肥満者にみられる脂肪肝の患者では、多くは漢方的には実証と考え、
大柴胡湯、柴胡加竜骨牡蛎湯などをよく用いる。
E肝硬変
肝硬変にみられる黄疸は、『金匱要略』の分類に従えば、
女労疸、黒疸、そして酒(黄)疸の一部が相当する。
手掌紅斑、くも状血管腫、腹壁静脈怒張などは、於血として、
腹水は水毒としてとらえることができる。
それぞれに対応した駆於血剤、利水剤が効果的である。
腹水では、新薬の強力な利尿作用をもつ薬剤との併用で、患者さんの倦怠感や、QOLを改善させる。
慢性肝炎と比較すると、乾機能低下が進行し、漢方的により、虚証の状態と考える。
人参剤や参耆剤が適応する。
F原発性胆汁性肝硬変(PBC)
臨床症状の違いにより無症候性と症候性がある。
無症候性PBCの予後は経過中に症候性になるか否かによる。
漢方が本症の経過を修復するかどうかについては不明である。
症候性PBCは、掻痒と黄疸とによって特徴づけられる疾患である。
通常掻痒が先行し、後に慢性のしかも進行性の黄疸が出現する。
黄疸を発症した例は極めて予後不良である。
掻痒と黄疸を特徴とする黄疸は、『金匱要略』黄疸病編に記載される黒疸である。
症候性PBCは漢方的には、黒疸の一部ととらえ、漢方を調合することが可能となる。
無症候性PBCでは、予後良好である。
黄疸を目標に使用する漢方薬は、茵陳蒿湯である。
茵陳蒿湯は主として急性の黄疸に効果的であるが、
ウルソデオキシコール酸との併用でビリルビンの低下がみられたとの報告がある。
『古訓医伝』では黒疸は於血であるとしている。
したがって駆於血剤も効果的と考えれれる。
皮膚の乾燥から、四物湯類を調合することもできる。
無症候性PBCでは、胆道系酵素の上昇を肝胆湿熱と考えて、
茵陳蒿湯を投与し、奏効する例もある。
無症候性PBCでは、患者さんの病態により、柴胡剤、人参剤ないし参耆剤を使い分ける必要が有る。
G肝癌
漢方医学的には、腹部の塊を積聚などとよんでいる。
『諸病源候論』の「聚結在内、染漸生長塊段、盤牢不移動者、(略)若積引歳月、人柴痩、腹転大、遂致死」とある。
これは、腹部の悪性腫瘍の記載と考えられる。
肝硬変の三大死因は、
@消化管出血、
A肝不全、
B肝癌
であるが、前二者による死亡は減少している。
つまり、現在は、肝癌をいかに治療し予防するかが最大の課題である。
肝癌そのものに対し漢方薬で確実な効果をあげることは新薬同様難しいが、
漢方の役割は、重篤な副作用もなく患者さんのQOLの改善にある。
漢方的に考える場合、担癌患者の多くは虚証と考えられる。
補中益気湯、十全大補湯、人参養栄湯など、一般的には補剤が用いられる。
若年者などの癌で、体力の低下が著しくない患者さんでは、
小柴胡湯、柴胡桂枝湯などの柴胡剤も調合される。
H胆石、胆嚢炎、胆道ジスキネジー
漢方の古典に「癖黄」なる病態の記載がある。
これが胆石・胆嚢炎に由来する黄疸と考えられる。
また現代医学でいうデファンスは、漢方の胸脇苦満の強度のものと考えられる。
胆石症に、おける漢方は、サイレントの状態を維持し、再発予防である。
胆嚢炎をきたした場合、多くは抗生物質の投与を行う。
症状の速やかな改善を期待して漢方を併用するとよい。
上腹部痛、発熱に対しては、芍薬の配合された柴胡剤を、
黄疸に対しては茵陳蒿湯がよく用いられる。
I膵炎
膵炎の患者さんの
@上腹部痛ないし背部への放散痛、
A上腹部ないし背部の重圧感・違和感、
B食欲不振、腹部膨満感、
C下痢
などを考慮して、漢方を調合する。